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それでも飲まずにいられない
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 小さな赤ちょうちんが、ポツンと吊り下げられた小料理屋がある。

 建物も古く、家屋の一部が店になっていた。

 薄暗いカウンターの前には、サザエさんの母「ふね」さんに良く似た、68才の

 女将さんが、エプロン姿で立っている。

 客達からは、「サザエさんの店」と、呼ばれていた。

 人通りの少ない処に店があるので、客達で満たされることはなかった。

 先頃、整備工場の社長が、脳いっ血で倒れた。

 今、近くの病院に入院している。

 常連のボスでもあった社長と女将は、いつも、カウンターの隅で、

 小唄など口づさみながら、盃を交わしていた。

 まるで、時間を逆回しした、恋人同志の密会そのものだった。

 貧しい小料理屋なのだが、何故か、珍重されている「鯨のベーコン」が、

 いつも置いてあった。

 社長は、この鯨のベーコンが好物で、ぐい呑みの前に、毎夜、飾りつけられていた。

 今、私の前にも、鯨のベーコンが光っているが、

 「ふね」さんの言葉は、海に沈んでいた。
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